マクロン大統領が両院合同会議で演説 [fr]

 エマニュエル・マクロン大統領は7月3日、ヴェルサイユで開催された両院合同会議で演説を行いました。

演説の抜粋

〔・・・〕

 私が進める行動の最後の原則は、平和構築です。

 私たちはフランスのために、従来の使命に忠実でありながら新しい道を描いています。この道を描いている世界が、危険な世界であることは周知のとおりです。身近な環境も含め、私たちを取り巻く環境を特徴づけるものは、脅威の蓄積です。新たな危機が発生するたびに浮かび上がるのは、まさに戦争の影です。世界規模の紛争は、もはや悲観主義者がちらつかせる亡霊ではありません。現実主義者にとって、これはシリアスな仮説です。力の誇示が再来し、出現しています。テロ組織は多くの地域で拡大し、攻撃能力を高める手段を得ています。彼らは私たちの社会にも存在します。地域戦争の残虐性は、新たな段階に達しています。従前の同盟が衰退し、多国間秩序が自らを疑う一方で、強権体制や「非自由主義的」民主主義が栄えています。

 サイバー空間がこの万人の万人に対する戦争の手段を拡散し、拡大させています。世界の漂流が不安定なペースを押しつけ、人間を破壊し、故郷から引き離し、記憶を消し去り、想像の世界を覆しています。これがまさに私たちが今日生きる世界です! しかしそれは敗北主義的、悲観主義的に世界を恐れることではありません! それは私たちに義務を課しています。一国が背負うことができる義務の中で恐らく最も重い義務、それは最も悪意に満ちた企てに対し、交渉、対話、平和への道をいかなる場合でも開放しておくということです。

 フランスの使命は、自国の歴史に忠実に、平和を構築し、人間の尊厳を推進することです。

 私たちがいかなる場合も、何よりもまず、我が国の利益を守るため、中でも安全を確保するために行動しなければならない理由もそこにあります。それゆえに私は、我が国の利益になるように、関係諸国民の利益になるように、テロやあらゆる狂信主義と戦うため、サヘル地域やレバント地域における責任ある関与を改めて明確にするに至りました。フランス軍がそこで何カ月にもわたり、日々業務に当たっていることは知っています。しかしこのような行動が実効性を伴うには、継続性をもって進めること、危機脱出を可能にする政治的解決策の構築をめざすこと、すなわちこれらすべての地域で、解決策を探り、それを構築するため、私たち自身の究極目的や価値観を共有しない勢力も含めて、すべての勢力と話し合うことが不可欠です!

 こうした中で、自分たちの理念や価値観をよそに押しつけたいからといって、他国の人々に取って代わることは提案しません。というのも、私は新たな破綻国家の出現を望んではいないからです。

 フランスは常に、テロやあらゆる過激な行動と戦い、自国の安全と価値観を守ると同時に、諸国民の主権を尊重しなければなりません。しかし自由が尊重されていないところはどこでも、私たちは外交や開発行動を通して、少数派を支援するため、権利の尊重のために社会に資するべく働きかけるために力を尽くします。それは時に長く厳しい作業を必要とすることから、フランスを各国間の対話の中心に再び置かなければなりません。それが私がここ数週間、マリからウクライナ、シリア、湾岸諸国に至るまで、世界各国の指導者と掘り下げた意見交換を行いながら努めてきたことです。フランスは至る所で、さまざまな均衡の構築または再構築に貢献しなければなりません。それが時に脆弱なままであったとしてもです。

 こうした背景の中で、私たちの軍事手段は極めて大きな重要性を帯びています。私はすでに防衛・安全保障戦略の見直しを指示しました。我が国の軍隊は意思決定の独立性・自立性の原則を指針として、私が彼らに託した任務を遂行しています。それは我が国の安全保障のかなめである抑止力、我が国の国民と利益の保護、法の遵守と国際的な安定が脅かされているところへの介入です。危機の未然防止と解決は、グローバル規模で管理されます。それと同時に、安定化と開発のみが持続的な平和の条件を醸成できることを決して忘れてはなりません。

 我が国の軍事力は、対話能力、フランスの信頼性、どこでも平和を構築できる能力に必要な条件です。私が願うこの独立性とは、孤立を意味するものではありません。フランスはすべての同盟国に対する忠誠を守ります。

 今後数年は、我が軍にとって、戦略と戦術を刷新する年となります。軍にその用意があることは知っています。というのも、軍は世界の動向に合わせて、警戒心と責任感をもって最前線に立っているからです。このことが我が国の評価を高めています。

 ご存じのとおり、脅威は空前絶後の規模であり、多国間秩序は恐らく過去に例がないほど脆弱化し、分断され、揺るがされている一方で、恐らくかつてないほど必要となっています。

 今後数年のフランスの役割は、過激な行動から安全と平等を守ること、自由を守ること、地球温暖化から地球を守ること、私たちの普遍的な共通財産を形成するすべてのもの、今日あまりに多くの場所で疑問視されているものを守ることです!

 私たちが生きる未曾有の時代を察知すること。私たちは18世紀以来、はるか昔から考えてきた民主主義諸国間の均衡、自由主義的価値観、自由、中産階級の発展を可能にした市場経済の上に自らを築いてきました。そうしたすべてが今日、根底から覆され、変ぼうし、脅かされています。

 強権体制が市場経済で成功しています。私たちが昨日まで永遠の同盟国と信じていた民主主義国家が国際秩序を脅かし、その国際秩序に固有のルールを疑い始めています。私たちの使命、私たちの役割は今日、まさに昨日よりも一層、これらのルールを再確認し、掲げるとともに、実行し、順守することです。これこそが私が進むべき道、私たちが進むべき道であり、ほかのいかなる道でもありません。

 このいわば世界の流れによって、私たちの抵抗力と一貫性が試されています。例えば、アフリカ、地中海、そして新たにヨーロッパを横断している大規模な移民危機によって、私たちが経験していることがあります。今後数カ月で、私たちは難しい決断をしなければなりません。それと同時に、すべての脆弱性の高い地域や紛争地域で、野心的な安全保障・開発政策によって、危機をよりよく未然に防止しなければなりません。これら多くの地域を不安定化させる戦争や地球温暖化があれば、私たちは至る所で再び説明し、行動しなければなりません。

 とはいえ、これらの大規模な人口移動を、人身取引抑制・防止政策によっても、よりよく抑止しなければなりません。そのためには、政治難民を経済的移民と混同せず、不可欠である国境維持を放棄せず、私たちが現実的な危険にさらされている政治難民を受け入れられるようにする、効果的で人道的な行動をヨーロッパで連携して進める必要があります。そこに私たちの価値観があるからです。

 この路線を維持するには、より力強い、再構築されたヨーロッパが必要です。私たちはヨーロッパをかつてないほど必要としています。ところが、ここでもまた、ヨーロッパは分断によって、市民の間に生じた疑念によって、恐らくかつてないほど弱体化しています。

 しかしながら、ヨーロッパが我が国にあると同様に、私たちもヨーロッパにいます。というのもヨーロッパ・プロジェクトを抜きにして、私たちの大陸の運命を考えることはできないからです。ヨーロッパ、ヨーロッパ、それは私たちです。私たちより前の世代や戦争を体験した世代が構想し、勇気をもって実現した平和、自由、進歩のプロジェクトです。私たちは今日、それを忘れようとしています! 分断に直面し、ブレグジット(イギリスのEU離脱)に直面し、歴史の多くの激しい変動に直面し、答えはさらなる追加的な縮小の中に、放棄という形の中に、歴史の揺らん期の中にあると考えようとしています。

 ヨーロッパをおろそかにすること、ヨーロッパに妥協させることに慣れること、ヨーロッパを諸悪の根源にすること、それは先人に対する背信行為です。それは今日、私たちがいるところで、ヨーロッパについて好き嫌いを自由に議論できる状態にしているものを裏切ることです。

 しかしヨーロッパをおろそかにすること、ヨーロッパを技術的な協議の対象にしかしないことに慣れること、それはいわば私たちの歴史を捨てること、フランスの信用を落とすことにもなります。

 ヨーロッパ建設は今日、これははっきり申し上げるべきですし、直視すべきことですが、官僚機構の急拡大とそこから生じる懐疑主義の増大によっても脆弱化しています。

 私は断固としてヨーロッパを信じています。しかしこの懐疑主義が常に根拠のないものだとも思いません。再び大局的見地から見ること、行動計画やスケジュールの束縛から、技術上の駆け引きから脱することを提案する理由もそこにあります。

 最近10年は、ヨーロッパにとって過酷な10年でした。私たちは危機を乗り切りました。しかし進むべき道を見失いました。それゆえに新しい世代の指導者は、ヨーロッパ概念の原点に立ち返るべきです。ヨーロッパ概念は、その本質において政治的であり、とりわけ若者をはじめとする人と財の移動、安全保障、通貨および税制、さらに政治、文化の分野で、有益な政策を優先させると決意した諸国の現実的で野心的な強い意志に基づく連合体です。

 ヨーロッパ諸国にとって、ヨーロッパは市場であるだけにとどまらず、人類の価値観や社会正義への要求をめぐる空間あるいは一種の概念を描いています。この点について、ヨーロッパ諸国の卓越性は広く認められています。これらの国家、これらの国々は、決定的なプロジェクトを取り戻して、それ相応の組織を整えなければなりません。現行機能の容赦ない検討という代償を払ってでもです。

 私たちには謙虚に遂行すべき日常の職務があります。私は国民の信任を得て、職務を開始しました。それはより一層守るヨーロッパを実現すること、必要不可欠な改革を実行すること、私たちの日常生活に直結する数多くのテーマにおいて、ヨーロッパの野心を掲げることです。しかしそれだけでは十分ではありません。フランスはイニシアティブを取るべきです。私がすでに取り組み始めた緊密な作業によって、中でもドイツの首相との作業のおかげで、数カ月内に実行できることを願っています。

 私たちは年内に、これらの基礎に立って、このまさに基本となる政治的プロジェクト、人間を結びつける第一義的な野心の上に、ヨーロッパを再び築くために、ヨーロッパ各地で民主的なコンベンションを開始します。それに賛同するか否かは各自の自由です。

 とはいえ、もはや修正を重ねるときではありません。ヨーロッパの初期に、さらに言えば、その原点にまで立ち返り、そこからヨーロッパへの希求を復活させる必要があります。扇動家や過激主義者に国民や思想を独占させてはなりません。隣人同士が信用できなくなったからと、ヨーロッパを日々内規の延長を図る危機管理人にしてもいけません。

 私たちはヨーロッパ誕生当初の息吹きを取り戻さなければなりません。過去数世紀の慧眼の士やヨーロッパ創立の父は、私たちの歴史や文化の最も良い部分が発揮されるのは、敵対関係においてではなく、ましてや戦争においてでもなく、まさに力の結集においてであるという確信を体現しました。一方による他方の支配においてではなく、私たち全員を成功させる相互尊重のバランスにおいて発揮されるのです。

 私たちの時代が必要としているのは、この団結です。というのも、この団結があってこそ、現代の諸課題に立ち向かうことができるからです。私たちが共通の世界観や人間観、歴史上の同じ試練によって鍛え上げられた同根のビジョンを共有するのは、まさにこのヨーロッパだからです。

 諸課題とは、人間と自然の関係を再構築する環境移行であり、社会的ルールを書き直し、私たちに大陸法をつくり直すことを余儀なくさせるデジタル移行でもあります。私たちは何世紀にもわたり、法的規範が人間を尊重するよう望んできました。

 さらに狂信主義、テロリズム、戦争に直面した現代ヒューマニズムの課題でもあります。私たちはこれに対し、現在構築中である、よりヨーロッパ規模の防衛によって、加えてヨーロッパ規模の文化やイノベーションによって対応します。

 平和はヨーロッパの礎にとどまりません。平和は常に推進すべき理想であり、ヨーロッパとヨーロッパにおけるフランスのみが今日、それを達成することができます。

 そうです、私たちは時代が求めるものに応えられるために、ここ数年間に採用してきた弥縫(びほう)策と決別します。フェルナン・ブローデル [1]は次のように言いました。「ヨーロッパを生み出し、今なお手塩にかけて育てている古参の尽力に支えられなければ、つまり、そうしたすべてのヒューマニズムの体現者をないがしろにすれば、ヨーロッパは存続しないだろう」。もう彼らをないがしろにするのはやめようではありませんか。

〔・・・〕

[1フランスの歴史学者(1902-1985年)

最終更新日 17/01/2019

このページのトップへ戻る