「建築家・坂倉準三 パリ-東京:生き続ける建築」展 [fr]

 ル・コルビュジエ門下の坂倉準三は、日本の近代建築運動を牽引し、とりわけ1951年に東京日仏学院(現アンスティチュ・フランセ東京)の建物を設計しました。この建築家に焦点を当てた展覧会が9月6日(木)から10月21日(日)まで、アンスティチュ・フランセ東京で開催されます。

1937年パリ万国博日本館
1937年パリ万国博日本館
© 坂倉建築研究所
アンスティチュ・フランセ東京
アンスティチュ・フランセ東京
© Takeshi Sewaki
渋谷駅設計プラン
渋谷駅設計プラン
© 坂倉建築研究所
坂倉準三(1956年)
坂倉準三(1956年)
© 坂倉建築研究所
新宿駅西口広場
新宿駅西口広場
© Yukio Yoshimura
坂倉準三とフランスのアンドレ・マルロー文化大臣(当時)
坂倉準三とフランスのアンドレ・マルロー文化大臣(当時)
© アンスティチュ・フランセ日本

 
 「建築家・坂倉準三の展覧会を今日、アンスティチュ・フランセ東京で開催することは、二重の意味で重要です。

 何よりもまず、日仏交流160周年を迎える今年に、坂倉準三の作品と生涯にオマージュを捧げることで、日仏両国を結ぶ創造的関係の豊かさを最も如実に表した人物の一人に敬意を表することができるからです。一般にはまだ無名に等しかった坂倉は1937年、パリ万国博覧会の日本館の設計で建築部門グランプリを受賞しました。このル・コルビュジエの弟子は、戦争の動乱の時代にあって、時として厳しさを増した建築・家具デザインの分野でいくつかのプロジェクトを手掛けた後、1951年に東京日仏学院(現アンスティチュ・フランセ東京)の完成に尽力しました。彼の作品はル・コルビュジエやミース・ファン・デル・ローエが構想した近代建築運動の特徴を示すと同時に、日本人としてのアイデンティティーや人間と建物の関係に対する独自の考え方によって、そうしたものから遠ざかってもいます。

 もう一つの理由は、本展の主催者が、建築家・坂倉準三の歴史的・文化的重要性に加えて、その魅力も振り返る展覧会の会場にアンスティチュ・フランセ東京を選んだことです。この近代建築の粋は来年、歴史の新章を迎えようとしています。というのも、藤本壮介建築設計事務所設計の新棟建築によって進化を遂げるからです。同事務所は坂倉設計の既存棟が今後も長きにわたって全体の中心であり続けるようにすべく改修も手掛けます。

 坂倉準三の優雅さと詩情がにじみ出るこの場所で、本展に訪れる皆さま一人ひとりが坂倉作品の神髄に触れることができるよう心から願っています」

ローラン・ピック
駐日フランス大使

開催概要

会期 9月6日(木)~ 10月21日(日)
会場 アンスティチュ・フランセ東京
〒162-8415 東京都新宿区市谷船河原町15
入場無料
詳細 アンスティチュ・フランセ東京ホームページ

最終更新日 03/10/2018

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