マクロン大統領によるシラク元大統領への追悼メッセージ [fr]

 エマニュエル・マクロン大統領は9月26日、ジャック・シラク元大統領の死去を受けて追悼メッセージを発表しました。

エマニュエル・マクロン大統領によるジャック・シラク元大統領への追悼メッセージ

2019年9月26日

 親愛なる国民の皆さま、

 私は今夜、深い哀惜の念とともに皆さまに語りかけます。

 ジャック・シラク大統領が今朝、亡くなられました。

 私たちフランス人は、彼が私たちを愛したのと同じくらい、私たちも愛していた政治家を失いました。

 40年以上にわたる政治活動を通じて、ジャック・シラクは慣れ親しんだ顔になりました。

 私たちはみな、彼の考えや闘いを共有するしないにかかわらず、私たちに似たこの人物に、私たちを結集させたこの人物に、自らの姿を重ねて合わせていました。

 教師の孫だった彼は、自分の原点を決して忘れることなく、高級官僚から国会議員、大臣、コレーズ県議会議長、首相、パリ市長、フランス共和国大統領に至るまで、わが国の最高位の役職を務めました。

 多様で複雑な国を代表することができた大統領でした。

 このコレーズの子どもはフランスで、パリでも地方でも同様に、本土でも海外領土でも同様に幸せでした。

 シラク大統領はフランスのある一つの概念を体現しました。

 それは彼が一体性と団結に常に留意したフランスであり、彼が極端な思想や憎悪から勇敢に守ったフランスです。

 それは自国の歴史を直視するフランスです。彼はヴェル・ディヴの演説で、第2次世界大戦の最も暗たんたる時代におけるフランスの責任を認めました。12年後には正義の人の地位を引き上げました。

 それは不当な軍事介入に対して立ち上がることができる、独立した誇り高いフランスです。彼は2003年、国連の委任なしにイラクに侵攻することを拒否したほか、旧ユーゴスラヴィア内戦に終止符を打つために取り組み、レバノンの平和と安全を回復させるために尽力しました。

 それは普遍的良心としての歴史的な役割を果たすフランスです。

 シラク大統領は世界のある一つの概念を体現しました。

 それは市場のヨーロッパよりもむしろ人間のヨーロッパのために取り組みながら、不変の仏独友好を基盤とした、より強くより保護するヨーロッパです。

 気候のために早くから取り組みました。というのも、ジャック・シラクは長期的視点を強く意識していたからです。この意識は生命のこの上ないはかなさを教えてくれます。「われわれの家が燃えている」。彼が各国指導者に対し、環境保全のために、地球温暖化に対して行動するよう促すために上げたこの警戒の叫びは、ただ単に歴史に対処すべく志を高く持った大統領の叫びにとどまりません。地球の永続性が脅かされることを全力で拒否する一人の人間の叫びでした。

 彼の生涯の闘いは差異の尊重と文化間対話でした。彼の目から見れば、ほかの芸術よりも優れた芸術は一つもありません。しかし芸術は、そして人間と魂の繊細な表現は、等しく評価し、等しく振興する必要があります。それが彼の名前を今日冠した美術館の創設に着手しながら行ったことです。この美術館ではアフリカ、アジア、オセアニア、北中南アメリカの各文明の至宝が世紀を超えて対話しています。

 そうです、フランスのある一つの概念、世界のある一つの概念、交流、協力。今夜、シラク大統領の死はフランスだけで悼まれているのではありません。ヨーロッパ各地でも悼まれ、彼が愛して止まなかった美しいアフリカ大陸でも、そのほかの世界中で悼まれていることを私は知っています。

 ジャック・シラクは偉大なフランス人でした。

 自由闊達で、祖国に情熱を燃やし、フランスの歴史に満ち、フランス文化を寡黙に愛しました。

 農業者や大実業家の共感を呼び、工場労働者とも最も著名なアーティストとも長い時間をかけて意見を交換し、いかなる信条、いかなる職業、いかなる立場であれ、さまざまな垣根を越えて人を深く愛しました。

 彼はフランス人を愛し、彼らをたたえ、彼らに語りかけ、彼らにほほ笑みかけ、彼らを抱擁しました。

 最も貧しい人、最も脆弱な立場の人、最も弱い立場の人が彼の大義でした。エイズに襲われたり、がんにかかったり、障害があったりして、人生に翻弄された人たちのために行動し続けました。

 ジャック・シラクにとって、経歴にも歴史にも、いかなる序列もありませんでした。ただ単に女性と男性、等しい関心と等しい愛情を受けるべき人生があるのみでした。

 ジャック・シラクはフランスの運命でした。コレーズの生まれ故郷で、後にパリ市長に当選するに至る野心を抱いて政界に身を投じて以来、数十年間にわたり、わが国の政治の世界をすべて経験しました。それは獲得、気力、意欲、熱狂の歳月でした。それは成功といくつかの失敗でした。忠実さと失望。私たちはあまりに長い間、彼を愛そうとしませんでしたが、最後には彼に対し、ほぼ子が親に対するような愛情を抱きました。

 ジャック・シラクはその慎み深さゆえに常に沈黙に包まれた私的な悲劇を経験しました。彼はこの数カ月間、この沈黙の中に避難しました。それはいえることのない傷だったからでもあります。

 彼のまなざし、彼の顔の表情が面会に訪れた家族や友人に、彼についてまだ少しだけ語っていました。しかし、私はここで皆さまに極めて個人的に証言したいと思いますが、彼はフランスとフランス人に対する愛情をいつまでも胸に抱いていました。

 皆さまは4半世紀近く前、自らの選択によって、ジャック・シラクの運命をわが国の指導者の系譜の中に加えました。彼は敬愛して止まなかったド・ゴール将軍やポンピドゥー大統領の足跡に足を踏み入れました。各歴代大統領を尊重しながら。ヴァレリー・ジスカール・デスタン大統領、フランソワ・ミッテラン大統領。ミッテラン大統領の逝去の際には、故人のために輝かしい言葉を見つけました。

 わが国は神秘を秘めた、私たちを超越したこれらの継承からできています。

 私たちは今夜、ジャック・シラクに感謝の念を抱いています。彼は私たちの国、価値観、友愛、寛容のために多くのことをしました。

 彼は生涯を通じて、私たちの共和国と一心同体でした。

 私たちは感動と愛情をもって、彼の自由闊達さと人格を、彼が飾り気のなさと偉大さ、親近感と威厳、祖国愛と普遍性への寛容を両立させたその才能を思い出します。

 私は皆さまを代表して、シラク夫人に友情と敬意を、故人のご息女、お孫さま、ご家族、すべての友人と近親者の方々に哀悼の意を表したいと思います。彼らは故人の闘いに付き添い、彼を守りました。

 今夜から、エリゼ宮(大統領府)はだれもが弔意を記帳し、敬意を示すことができるように門戸を開放します。

 9月30日(月曜日)は国民哀悼の日とし、ジャック・シラク大統領追悼式典が正午に行われます。

 親愛なる国民の皆さま、

 彼に対する恩義を意識し、彼が私たちに残したことに支えられながら、彼とともにあった歴史の一部を、これからは私たちの胸に抱こうではありませんか。

 彼は歴史の中に入り、今後は私たち一人ひとりの中に刻まれることでしょう。

 ありがとうございました。

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Photographe : Eric Lefeuvre

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最終更新日 02/10/2019

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