日仏関係深化の歩み [fr]

 フランソワ・ミッテラン大統領が1982年、フランスの国家元首として初めて日本を国賓訪問して以来、日仏関係は絶えず強化されてきました。今回のフランソワ・オランド大統領の国賓訪日に際して、両国関係の歩みを主な節目ごとに振り返ります。

1982年4月15-17日 : フランス共和国大統領として初めてフランソワ・ミッテラン大統領が日本を国賓訪問


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フランソワ・ミッテラン大統領と鈴木善幸総理大臣。迎賓館赤坂離宮
(写真:フランス大統領府写真部)

フランスのテレビ局TF1のニュース映像

TF1のニュース映像(1982年4月15日) - JPEG1982年4月15日:(内容)ミッテラン大統領訪日。1日目のまとめ。大統領夫妻が宮中晩餐会のために皇居に到着。天皇陛下と大統領が握手。招待客の紹介。天皇陛下と会見。雨の中、日本国歌を聞く天皇陛下と大統領夫妻。日本の財界人との昼食会。ミッテラン大統領のあいさつの抜粋「われわれは競争相手ですが、パートナーになろうではありませんか」。鈴木善幸総理大臣と会談。宮中晩餐会。ミッテラン大統領の演説の抜粋「先進工業国世界において、第三世界において、協力しようではありませんか。これは喫緊の課題です」。動画はこちら
 
 
 
 
 
 
 
TF1のニュース映像(1982年4月16日) - JPEG1982年4月16日 :(内容)ミッテラン大統領は訪日中、先端科学技術に関する日仏シンポジウムに出席。大統領の開会あいさつの抜粋「いかなる国も単独で経済危機から脱出することはできません」。鈴木善幸総理大臣主催の昼食会。贈り物の贈呈。鈴木総理大臣が日本の伝統的な笠をかぶってみせ、ミッテラン大統領に手渡す。国会本会議場。ミッテラン大統領の演説の抜粋「ヨーロッパは日本の何を非難できるのでしょうか? 仕事でしょうか、献身性でしょうか、成功でしょうか。そうだとすれば不公平であり、恥ずべき行為です」。大統領は最後に日本の故事「和をもって貴しとなす」を日本語で引用、フランス語に訳して演説を締めくくる。記者会見の抜粋。大統領は記者にTGV(フランスの超高速列車)、エアバス、コンコルド(超音速旅客機)の利用を勧める。NHKの報道番組のインタビューに答えて、ミッテラン大統領が日本国民にメッセージを送る。動画はこちら

ミッテラン大統領と鈴木総理大臣
ミッテラン大統領と天皇陛下
京都の清水寺を訪れたミッテラン大統領
京都の清水寺を訪れたミッテラン大統領

1996年11月 17-20日 : ジャック・シラク大統領が国賓訪日

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日仏両首脳が「21世紀に向けての日仏協力20の措置」に署名
(写真:フランス外務省/F. de La Mure)

 ジャック・シラク大統領と橋本龍太郎総理大臣は1996年11月18日、日仏両国の政治・経済に関する協調体制を強化するとともに、協力関係を発展させるため、両国が採択した行動計画「21世紀に向けての日仏協力20の措置」に署名しました。

シラク大統領と天皇陛下
橋本総理大臣から贈り物を受け取るシラク大統領
天皇皇后両陛下に歓迎されるシラク大統領夫妻
経団連会館で講演するシラク大統領

1998年4月28日 : 日本におけるフランス年が開幕

「日本におけるフランス年」開会式。シラク大統領、皇太子ご夫妻、橋本首相夫妻が出席(写真:フランス外務省/F. de La Mure) - JPEG ジャック・シラク大統領が東京湾に面するお台場海浜公園で行われた「自由の女神像」のライトアップ点灯式に出席し、日本におけるフランス年の開幕を告げました。パリのグルネル橋近くから特別に移設された自由の女神像は、1999年1月まで設置されました。ショー、展覧会、ブックフェア、スポーツ親善試合、デパートの催事など、フランス特集イベントが合計400件以上開催されました。1999年2月末から1カ月間、ドラクロワの名画『民衆を導く自由の女神』が東京国立博物館で公開され、日仏交流年の最後を飾りました。ルーヴル美術館が日本に貸し出した作品としては、『モナリザ』以来の大作でした。

1999年3月27日 : ルノーと日産が資本提携

日産自動車の塙義一社長とルノーのルイ・シュバイツァー会長兼CEO(調印当時)(写真:日産自動車株式会社) - JPEG ルノーと日産のアライアンス(提携)は、日仏企業間で結ばれた最大規模のパートナーシップです。アライアンス締結以降、日産自動車は目覚しい業績回復を遂げる一方、ルノーは経営基盤を強化し、国際的な発展を加速させました。ルノー・日産アライアンスは世界販売台数を1999年の490万台から2012年の810万台へと大きく飛躍させ、今では世界4位の自動車メーカーとなりました。

2002年12月14日 : フランスの機器を搭載した日本の衛星「みどりⅡ」打ち上げ

JPEG フランスの国立宇宙研究センター(CNES)と日本の宇宙開発事業団(NASDA、宇宙航空研究開発機構JAXAの前身)が1996年に締結した協力協定は、両宇宙機関の間に充実した実りある交流や協力を生みました。この協定は地球観測や宇宙輸送、宇宙部品など、さまざまな分野を包括しています。フランスの2つの機器ポルダーとアルゴスが日本の地球観測衛星「みどりⅡ」に搭載されて打ち上げられたことは、この協力関係を示す好例です。両機関は近ごろ、新しい分野に交流を広げる決定をしました。例として気候現象解明のための海面高度観測、衛星技術研究、小惑星探査、宇宙光通信、宇宙ゴミなどが挙げられます。

2005年3月27日 : 日仏新パートナーシップ宣言-国際社会の平和と安定および繁栄のために-

シラク大統領と小泉総理大臣(写真:フランス大統領府/E. Lefeuvre) - JPEG ジャック・シラク大統領と小泉純一郎総理大臣が2005年3月27日、東京で首脳会談を行い、日仏関係に新たな弾みをつけることを決定しました。日本とフランスは、1996年11月18日に署名された20項目の行動計画によって、あらゆる分野で著しい進展をすでに達成、これらを基盤として両国の友好信頼関係をより一層深め、特別なパートナーとして両国関係を発展させる意思を再確認しました。両首脳は相互理解の促進を目的に、両国関係の強化、国際社会の平和と安定、国際社会の発展と繁栄のために協力を推進すべく、両国政府間で中長期的に緊密な協力を進める方針を決めました。

2005年4月24日-5月1日 : ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭が日本で初開催

JPEG フランス北西部のナント市で1995年に誕生して以来、ラ・フォル・ジュルネ音楽祭は大勢の人々がクラシック音楽や現代音楽に触れられるよう趣向を凝らしてきました。ルネ・マルタン氏が創設した音楽祭には、従来の常識を覆す斬新な雰囲気の中で、極めて質の高いコンサートを低価格で楽しもうと、毎年数十万人が集まります。実業家の鳥海巖氏が2004年1月に訪問中のナントで、「ラ・フォル・ジュルネ」を初めて体験し、梶本音楽事務所(当時)の梶本眞秀社長の協力を得て、日本にコンセプトを導入しました。こうして「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」は2005年4月24日、「ベートーヴェンと仲間たち」をテーマに開幕し、今では国内最大のクラシック音楽祭として定着しています。

2006/2007年 : ITER計画はカダラッシュに、「幅広いアプローチ」は日本に決定

ITER協定調印式(写真:フランス外務省/F. de La Mure) - JPEG 国際プロジェクト「ITER(イーター)」は、太陽と同じようなメカニズムによって核融合エネルギーを生成することを目標とします。実験炉は2006年、数多くの研究、分析、議論を経て、フランスのカダラッシュに建設されることが決まりました。日本とヨーロッパ連合は2007年、カダラッシュの実験炉に関する研究を補完する支援研究プログラムを、日本の六ヶ所村(青森県)と那珂市(茨城県)で実施することを決めました。

2008年 : 日仏交流150周年

日仏交流150周年の公式ロゴマーク。フランソワ・フィヨン首相と福田康夫総理大臣(写真:AFP) - JPEG 2008年は日仏交流150周年(1958年10月9日に日仏修好通商条約締結)を記念する年でした。これに合わせて、フランソワ・フィヨン首相が4月10日から12日まで日本を訪問しました。この訪日は特に地方レベルの協力をはじめ、現地でのパートナーシップや共同検討を通したアフリカ開発援助の協力、2008年12月の日仏経済シンポジウムをはじめとする経済・技術協力、日仏クラスター間の協力強化など、革新的な分野における日仏パートナーシップを促進する機会となりました。

2008年7月19-31日 : パリ国立オペラが初来日公演

JPEG 日仏交流150周年を記念して、パリ国立オペラが2008年7月19日から31日まで初来日し、東京と神戸で3演目を上演しました。なかでも20世紀の2作品はフランスにおけるオペラの近代性を物語る作品でした。
 ハンガリー出身の作曲家べラ・バルトークの『青ひげ公の城』(1918年)と、チェコ出身のレオシュ・ヤナーチェクの『消えた男の日記』(1921年)の連続上演、フランス出身の作曲家ポール・デュカスの『アリアーヌと青髭』、19世紀の作品であるワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』の3演目が上演されました。
 パリ国立オペラの来日公演は史上初。付属のオーケストラや合唱団など、全団員の5分の1に当たる総勢300人が来日しました。

2009年11月26日-2010年2月18日 : ノーマンズランド、創造と破壊@フランス大使館

JPEG 新しい大使館の建設は、一国にとってめったにないことです。解体前の旧庁舎をアートプロジェクトに使用することは、さらに珍しいことです。この二重の出来事が2009年の日本におけるフランス文化を特徴づけています。無人となった旧庁舎を舞台に、大規模な文化プロジェクト「ノーマンズランド」が開催され、ビジュアルアートからデザイン、モード、建築に至るまで、幅広い創作分野から日仏のアーティスト(クリスチャン・ボルタンスキー、保科晶子、ジェフ・アエロソルなど)が一堂に会しました。
 45日間の会期中、9万人近くが来場し、国内で最も多い人気の高い現代アートスポットとなりました。

2009年12月11日 : 在日フランス大使館新庁舎が落成

在日フランス大使館新庁舎(写真:川澄建築写真事務所) - JPEG フランス大使館新庁舎は、パリ空港公団建築事務所のフランス人建築家、ピエール=ミシェル・デルプシュとドミニック・シャヴァンヌの両氏をリードアーキテクトとして竹中工務店と共同で設計、竹中工務店が日本とフランスの建材(ハイテクガラスなど)を多数使用して建設されました。その結果、鳥を思わせる折れ曲がったカーブを基調とする環境調和型の優れた建物が完成しました。新庁舎のメインファサードは、フランス大使館庭園に向けて開かれた窓のようです。
 大使館新庁舎は日本の評価レベルCASBEE(建築環境総合性能評価システム)で、環境性能効率4.1と評価され、最高ランク「S」の格付けを取得しました。日本でこれほど高い評価を受けた公共事務棟はほかにありません。建設と維持保全に関して、民間部門とのパートナーシップ方式による画期的な資金計画を採用したことも特筆されます。

2010年3月 : 国際女性の日イニシアティブ「ファム@トウキョウ」

JPEG フランス大使館と日本経済新聞社は2010年3月、女性による創作と創作における女性をテーマに「ファム@トウキョウ」を共催しました。3月8日の国際女性の日を中心に、討論会、映画、音楽、展覧会など、一連のイベントが開催されました。女優のカトリーヌ・ドヌーヴが特別参加した映画上映会とトークショー、今日の偉大な女流作家(小川洋子、金原ひとみ、ロール・アドレル、マリー・ダリュセックなど)を発見あるいは再評価するトークセッション、「地球に生きる女たち-ティトゥアン・ラマズー展」などを通して、日仏アート界から多数の著名人が参加しました。

2010年6月24日 : NIMSとサンゴバンが先端材料研究センター設立協定に調印

JPEG フランスのガラス大手サンゴバンと日本の物質・材料研究機構(NIMS)は2010年6月にパリで、NIMS-サンゴバン先端材料研究センターを茨城県つくば市に設置することを決めました。この共同研究所の創設は、同じ拠点づくりに力を合わせる両機関の活力と開放性の表れです。この研究センターは約10人の研究者が活動し、薄膜に関する研究を専門にしています。共同研究センターの成功を受け、第3のパートナーとしてフランス国立科学研究センター(CNRS)の参加が検討されています。この趣旨に沿った基本合意書がフランス共和国大統領の国賓訪日中に調印される予定です。

2011年3月31日 : ニコラ・サルコジ大統領が来日

ニコラ・サルコジ大統領と菅直人総理大臣(写真:フランス大統領府) - JPEG 2011年3月11日、日本に観測史上最大規模の巨大地震が発生、壊滅的な被害を与えた大津波と福島第一原子力発電所事故が引き起こされました。この大災害によって東北地方の住民をはじめ、すべての日本国民が苦しみました。フランス政府関係者は発災後いち早く支援を表明し、人道面や原子力危機対処の技術面において援助を届けると同時に、被災地を訪れて連帯の意思を示しました。
 ニコラ・サルコジ大統領は2011年3月31日、外国首脳として震災後初めて日本を訪問、菅直人総理大臣と会談しました。

2011年 : フランスが福島で東京電力を支援

JPEG 東京電力は福島第一原子力発電所の事故発生から数カ月間、安定状態の回復と原子炉の冷却に多大な努力をしました。主な課題のひとつが放射能汚染水の管理でした。フランスのアレバとヴェオリア・ウォーターは緊急対策用の汚染水処理施設を東電に提案し、日本企業と協力して3カ月足らずで設計、建設しました。今ではより恒久的な施設に切り替えられましたが、最初の施設のおかげで当初の極限状態に対処することができました。

2011年7月14日 : フランス革命記念日祝賀レセプションを福島県で開催

福島県郡山市で開催されたフランス革命記念日祝賀レセプション(写真:在日フランス大使館/T. Kuwabara) - JPEG この史上初の特別な行事に、東日本大震災の被災者数百人、震災で最も深刻な被害を受けた東北地方の代表者、東京から足を運んだ招待客など1,200人が参加しました。この友愛の祭典によって、連帯と希望のメッセージを分かち合うことができました。
 フレデリック・ミッテラン文化・通信大臣は7月14日から16日まで日本を訪問し、祝賀レセプションに出席しました。ミッテラン大臣はフランス政府を代表して、東日本大震災後の日本の未来に対する信頼と、連帯の意思を表明しました。

2012年1月13日 : 日仏外相戦略対話がスタート

アラン・ジュペ外務・ヨーロッパ問題大臣と玄葉光一郎外務大臣(写真:在日フランス大使館/T. Kuwabara) - JPEG アラン・ジュペ国務大臣・外務・ヨーロッパ問題大臣が2012年1月13日、東京を訪問し、玄葉光一郎外務大臣とともに第1回日仏外相戦略対話を実施しました。これは2011年5月の日仏首脳会談で行われた決定に基づく会合です。日本とフランスは極めて親密なパートナーであり、共通の価値と利益、国際連合システム重視の姿勢を共有しています。フランスは日本の国連安全保障理事会常任理事国入りを支持します。戦略対話の実施は近年の日仏関係の強化と活力を表しています。

2012年11月19日 : デニ・ルビアン博士が本田賞を受賞

JPEG この栄誉ある賞は、著名なフランス人研究者の優れた業績のみならず、実り豊かな日仏交流の成果も称えるものです。ルビアン博士は2005年から客員教授を務める京都大学医学研究科の研究者とともに、拡散MRI技術の基礎を築き、それを臨床応用し、とりわけ脳疾患研究に関する技術を開発しました。一方、ルビアン博士が創設したフランスのニューロスピン超高磁場MRI研究センターと京都大学との間の協力関係が確立され、フランスの施設に匹敵する革新的なMRI研究システムが日本で実現する可能性も出ててきました。

2012年12月1日 : 日仏国際共同ラボLIMMSがヨーロッパの研究員を受け入れ

JPEG LIMMSはフランス国立科学研究センター(CNRS)と東京大学が1995年1月に東大駒場キャンパスに設立した、マイクロメカトロニクスの共同研究ラボです。この日仏国際共同ラボは、両国の研究交流の最も成功した例です。LIMMSは第7次欧州研究枠組み計画のおかげで、2012年末にヨーロッパの3つのパートナー機関(ドイツのフライブルグ大学、スイス連邦工科大学ローザンヌ校、フィンランドVTT研究所)から研究員の受け入れを開始しました。この開放性がLIMMSの研究活動の成功と活力に貢献します。

2013年3月17日 : 日仏の海洋研究機関が了解覚書(MOU)に調印

IFREMERのジャン=イヴ・ペロ総裁とJAMSTECの平朝彦理事長(写真:JAMSTEC) - JPEG この取り決めによって、日本の海洋研究開発機構(JAMSTEC)とフランス国立海洋開発研究所(IFREMER)が1991年より築いた極めて活発な協力の枠組みが、さらに活性化する見込みです。両機関の協力関係は海洋技術や海洋監視、海底観測、スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」によるシミュレーション、深海生態系、船舶管理など多岐にわたります。1974年に締結された日仏科学技術協力協定の下で広く推進された交流のおかげで、海洋研究分野の日仏協力は歴史、活力、組織のいずれの面でも群を抜いています。

2013年6月6-8日 : フランソワ・オランド大統領が国賓訪日

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天皇皇后両陛下による歓迎行事-画像をクリックするとオランド大統領国賓訪日のページに行きます
(写真:フランス大統領府/C. Alix, S. Rue)

最終更新日 31/05/2017

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