マリアンヌ

 1958年憲法は国の象徴として三色旗を優先しましたが、マリアンヌもフランス共和国を象徴しています。

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『民衆を導く自由の女神―1830年7月28日』ウジェーヌ・ドラクロワ画 © Rmn

 自由と共和政を表すフリジア帽をかぶった女性像が登場し始めたのは、フランス革命のときでした。

 自由の象徴であるフリジア帽は、古代のギリシャやローマで、解放された奴隷がかぶっていました。この種の縁なし帽は、地中海の船乗りやガレー船の漕ぎ手もかぶっていたので、南仏から来た革命家たちによって持ち込まれたのかもしれません。

マリアンヌの切手 - JPEG

 マリアンヌという呼称の起源について、確かな説はありません。マリー=アンヌは18世紀に極めて広く使われていた庶民的な名前でした。反革命家たちはからかい半分に共和政をマリー=アンヌとも呼びました。

 第3共和政になると、マリアンヌの彫像、なかでも胸像が市役所や町村役場を中心に多く設置されました。マリアンヌの革命家的性格と「賢明」な性格のどちらに重点を置くかで、数種のモデルが発展しました。フリジア帽は扇動的に過ぎるとされ、冠や髪飾りに置き換えられることもありました。

 今日、マリアンヌは有名な女優の顔を採用できるようになりました。郵便切手のように極めて広く配布されるものにも描かれています。右の切手のように芸術作品を生み出すこともあります。

 2007年の欧州文化遺産の日に、フランス大統領府で、共和政の象徴であるマリアンヌとオート・クチュールのコラボレーションが披露されました。才能あふれる7人のファッション・デザイナー――ルフラン・フェラン、マーガレット&モワ、ステファニー・レノマ、カトリーヌ・プラドー、マックス・シャウル、エドワール・アシュール、レペット――によるマリアンヌをテーマにした創作ドレスが、エリゼ宮のナポレオン3世の間で一般公開されたのです。

2007年の欧州文化遺産の日にフランス大統領府で、マリアンヌをテーマにした創作ドレスを展示 - JPEG

最終更新日 07/01/2014

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